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鷲ヶ岳 10月12日 2005年


鷲ヶ岳
1672mH
岐阜県郡上市・大野郡荘川村
大鷲(2万5千分図) 白鳥(5万分図)


大日ヶ岳を下山後、有り余る時間をどうするか考えることもなく、明日登る予定の鷲ヶ岳の登山口がどのような所か様子を見に行くことにした。大日ヶ岳とは20数キロしか離れていないので、移動は楽であった。国道156号を南下し、湯ノ平温泉の案内標識から鷲ヶ岳高原ゴルフ場へと登って行く。途中、東海北陸道の高架橋の下をくぐって高度を上げて行く。ゴルフ場内の道に入ると、高原ホテルの建物の先に鷲ヶ岳登山口の案内があった。


鷲ヶ岳高原ホテル先の登山口案内

案内板から、「車道3.5km進んだ所から、徒歩で1時間50分」で山頂に立てるとあり、それなら1時間30分で行けると考え、まだ12時前であったので、車を入れる所まで行こうと考えた。桑ヶ谷林道という林道で、約1.5キロ先からは舗装路からダートの道となり、それも奥に行くに従って、悪路となる。


桑ヶ谷林道P(標高1100m)

こんな狭い林道にどうやって入り込んだのかと思われる大型バスの廃車が林道脇に停まっているのを見た先から一段と悪路となり、その先のY字路の路肩に岐阜ナンバーの車が駐車してあるのを見る。この先左手に進むが、進路窮まったらと思い、岐阜ナンバーの車の手前100m程の路肩に駐車することにした。


いっぷく平

Y字路の先、200mほど進んだ林道終点から荒れた涸沢のような登山道の中を緩く登って行く。いっぷく平手前で、突如として真新しい林道に出る。鷲見・立石方面から上がって来ている林道のようで、いっぷく平の先が、現在工事中で、そのため 登山道が一部変更となっているようである。右のこぶをわざわざ上り下りしなくてならないようになっていた。


林道終点

林道末端から鷲ヶ岳への最後のきつい、階段登りの急登が待っている。いっぷく平手前の林道にマイクロバスが停まっていたが、その団体のハイカーと擦れ違いながら登って行く。山肌を大きく縫うように階段が続き、太腿に違和感が覚える頃、山頂を踏む。


鷲ヶ岳山頂

360度展望の山頂には大日ヶ岳と同じような方位盤があり、三等三角点が置かれてある。大日ヶ岳の頂上も見え、天候は大分回復したようだが、白山方面はやはり雲が少しかかっているようであった。特徴ある猿ヶ馬場山を始めとした白川郷方面の山々の展望がすこぶる良い。


所で、この鷲ヶ岳は300名山の一山であるがどのような経緯があるのか調べてみた。

鷲退治伝説 (鷲見氏の由来)
鷲見周保(鷲見氏の末裔)著の「鷲見家市蹟」より
「或る時、美濃の山間に大鷲が棲むこと天聴に達し、頼保命を奉じて鷲狩りにゆき、美濃国郡上郡雲ケ嶽(今の鷲ケ岳)に於いて大鷲二羽を退治し鷲の子二羽を生捕りにして之を天覧に供した御賞として家名を鷲見と賜り美濃国芥見庄鷲見郷を永代下賜らせた」−永歴元年(1160年)の頃と推定される。
この鷲狩り伝説によって、雲ヶ岳が「鷲ヶ岳」となったのか知る由もないが、この周辺には「鷲」のつく地名が多い。鷲見(すみ)氏の由来、また高鷲村や鷲見(わしみ)向鷲見(むかいずみ)などの地名から推察される。

大鷲退治伝説の山であるが、林道が山頂直下まで入り込み、その林道から山頂に至る山肌に付けられた階段の登山道は、遠目に生々しい傷のように見え、痛々しく、古来の鷲見氏は嘆いているようであった。


<コースタイム>

桑ヶ谷林道P12:16→12:56いっぷく平→13:38鷲ヶ岳13:55→14:51林道P

<ルート図>

「この地図の作成に当っては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第420号)」

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